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トップを交代したからグローバル展開に成功

トップを交代したからグローバル展開に成功

―経営者として宗次さんを超えているのは、どんな点ですか。

IT化やグローバル化に対応した経営をしていく、という点です。

私はいまだにパソコンをもっていない。スマートフォンもない。面倒くさいからです(笑)。それぐらいITにうとい。トップに知識がないと、会社のIT化が遅れてしまうかもしれない。

グローバル化については、私が代表だったときにハワイや中国に出店しました。でも、さらに海外出店を加速していくのに、社長の語学力の低さがネックになりかねない。現地での交渉にトップが出る、なんてこともあるかもしれませんから。

でも、浜島なら私よりうまくやってくれるだろう、と。実際、いまではアメリカと中国にくわえ、韓国・タイ・シンガポールなど7つの国と地域に100店以上、展開しています。

―承継を考え始めてから、実行に移すまでの経緯を聞かせてください。

思い立ってすぐに浜島に話したんです。「いつでも譲れるように用意して待っているから、やる気になったら言ってほしい」と。その半年後に「やらせてください」。うれしかったですね。「それなら、すぐに発表しよう」と、翌日に事業承継のトップ人事を発表しました。2001年11月5日のことです。

決算期の終わる翌年5月31日をもって、私は代表権を返上。経営から完全に引退したんです。

―まかせきることに不安はありませんでしたか。

いいえ、まったく。その理由は2つあります。

ひとつは、経営者としてやりつくした。完全燃焼したから。現役のときは「もうここで十分だ」なんてことは一度も思わなかったけれど、引退後にそう感じました。私のような経営のイロハもしらない素人が、いきあたりばったりを繰り返しながらも、全国チェーンをつくりあげた。もう十分やったな、と。

もうひとつは、あとを託せる人がいるから。私の眼鏡にかなう人材が育ったということです。

―完全燃焼するほど経営に集中したわけですね。

ええ。53歳で引退するまで、毎日徹底的に働きました。

まず毎朝4時10分に起床して、4時55分には出社。お客さまからいただいた1,000通以上のアンケートハガキを3時間半かけて読み、その後に掃除や会議、店舗巡回をします。退社するのは18時~23時過ぎ。休日は年間15日くらい。1日たりとも休まず、1年間で5,637時間も働いた年もありました(笑)。これは1日平均にすると、約15時間半働いていたことになります。

―後継者の育成にはどれだけ時間をさいたのですか。

育てるんじゃなくて、育つんです。わき目もふらず経営にありったけの情熱を注いでいれば、その背中を見て、ひとりくらいは優秀な人材が育つものです。反対に、経営者が「ゴルフだ」「飲み会だ」と、よそ見しながら経営しているようではお手本にならない。人材も育たない。すると「ウチの社員は頼りにならない、オレがやるしかない」って悪循環に陥ってしまう。

私は代表時代、仕事に無関係な友人をひとりもつくりませんでした。映画館にも飲み屋にも行ったことがない。経営者どうしの会合でも「二次会には出ません」と最初に宣言。信念を貫き通しました。

トップの態度は、部下にも伝わります。なかにはマネをしてくれる社員も出てくる。そのなかから後継者候補が育つんです。