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“ 技術の継承”と“志の共有”が V字回復の原動力に。

―社員の意識を変えるために、具体的にどのようなことをしましたか。

 私が言い続けたことは「基本給を上げよう」ということです。生活を支えるのは残業代ではなく基本給です。「基本給を上げる」ということは自分の仕事の対価を上げることです。そのためには良いものを早く作らなければいけません。その努力は会社だけではできません。一方で、そのために今何をすべきかを社員が主体となって考えるために様々なプロジェクトを立ち上げました。例えば機械加工なら加工改善プロジェクトを立ち上げて日々改善に取り組んでいます。全従業員の半分以上が、それらのプロジェクトで責任者を務めています。こういった取り組みによって社員の間に考える姿勢が定着してきました。

―V字回復ができた要因を教えて下さい。

 最大の要因は技術が社内に残っていたことです。弊社はリーマンショックの時も人員削減は一切行いませんでした。製造業は人員削減をしたら終わりです。製造業が生き残るには技術の継承が不可欠です。その技術を売る自信があったため、社員にはとにかく売上は確保するから大丈夫と言い続けました。社員たちが私の言葉を信用して、志を共有してくれたことが今に繋がっています。

―御社には「新興金型ファミリー」という取り組みがありますね。その内容を教えてください。

 「新興金型ファミリー」は、社員の家族に、社員の仕事中の様子を動画や写真で公開するWebシステムです。2012年頃から仕事が忙しくなり、社員は残業や昼夜勤の交代が増え、家族と一緒に過ごす時間が減りました。そんな中、社員が子供の学校行事に参加できる時間を確保することも必要ですが、その一方で家族の方に社員がどんな風に頑張っているかを見てもらいたいと思いました。私自身、子供の頃に父親をかっこいいと思ったのは仕事をしている姿を見た時です。社員の家族にも、社員が働く姿を見て、安心や誇りを持ってもらいたいと考えています。

 また会社をご理解いただく機会として毎年年末に本社工場を開放して餅つき大会を開催しています。社員や取引先とその家族、総勢300名ぐらいが参加する盛況ぶりです。

―最後に、今後のビジョンをお話し下さい。

 弊社は、メイドインジャパンの復権とSHINKO MOLDブランドの確立を目指しています。これまでの5年間は改めて挑戦者としての謙虚さを取り戻しモノづくりに励んできました。今後もお客様にお喜びいただけるモノづくりを追求し、顧客満足で圧倒的№1を獲得したいと考えています。その取り組みを通して、社員たちが後に「あの時頑張って良かった」と思える歴史の1ページを少しでも多く残せる会社にしたい。家族の方にも社員の頑張っている姿を温かく見守って頂きたいですね。

プロフィール

中村 芳信 (なかむら よしのぶ)
1973年、兵庫県生まれ。子供の頃から創業者である父親に連れられてタイヤ金型の製造現場を見て育つ。10代後半に2年半のアメリカ留学を経て19歳で光通信へ入社。そこで営業マンとしての経験を積んだ後に、一旦、新興金型工業で専務に就任するも、3年間で退任。その後、IT分野で起業し、コピー機などの販売やホームページの制作を手掛けた。2010年、先代社長の急逝を機に、代表取締役社長に就任。不況下で停滞した同社を、光通信時代に培った営業力と、不況下でも社員を解雇せずに残した技術力で見事V字回復を果たしている。

企業情報

設立 1971年6月
資本金 3,000万円
従業員数 49名(2015年4月末現在)
事業内容 タイヤ製造用金型製造、各種金属製品製造、各種冶具設計製作、機械部品加工、工業用ゴム型製作
URL http://www.shinko-mold.com/