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株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)

【インタビュー前編】経営者と商店主の違い

―早速ですが、柳井さんは小さい頃、どんな少年だったのですか。

おとなしい子供でしたよ。3人兄弟で、姉と妹がいたんです。だから男の子は僕が一人。大事に育てられたんで、やわな男の子でした(笑)。また住んでいたのは、山口県の地方の商店街。うちの親父も商店街で紳士服の商売をしていました。だから商売と日常生活が密着していたんです。小さい頃は商売にまったく興味はなかったけど、毎日のように商売の話を聞いていたので、自然と商いの感覚は身に付いていたと思います。でも小さい頃は、商売っていうのは、あまり儲からないんだなっていうのが実感でした。

―商売にあまり良いイメージは持っていなかったんですか。

そうですね。商売をしていると、価値観の尺度がお金になってしまう。うちの親父も「お金がないのは首がないのと同じだ」とか言っていました。そういう考え方には、子供ながらに反発心はありました。

またうちの親父は紳士服店以外にも土建屋をやったりと、いろんな商売をしていました。政治も好きで、国会議員の後援会長もしていた。地方の商売なんで、政治的な面でいろんな物事が決まったりするんです。要は人間関係なんです。そういった政治的な人間関係にも反発心がありましたね。だから自分で商売をしようと思った時も、親父とは違うやり方で商売をしたいと思った。

―大学時代の将来の夢は何だったんですか。

特に夢は持っていませんでした。僕は典型的な無気力学生だったんです(笑)。大学の授業もろくに行かず、麻雀やパチンコをして無為に過ごしていましたよ。自分で商売をしようなんて全く思ってなかったです。どうしたら仕事をしないで生きていけるかを考えていたくらいですから。

―就職活動は、どのようにしていたんですか。

就職活動はしませんでした。仕事をしようという気持ちが全くなかった。だから就職活動もせずに、大学4年生になった。そうするうちに親父が「大学を卒業したらどうするんだ」って言ってきたんです。「何も決めてない」って言うと、「じゃあ、ジャスコに入れ」って言うんですよ。

その当時、親父はショッピングビルをやっていて、そのビルの共同経営者がジャスコ系列の人だった。それでその人の息子もジャスコに入社するから、一緒に入れって言う。僕も特に行きたい会社なんてなかったから、そのままジャスコに入社したんです。

―実際ジャスコに入社してみて、どうでしたか。

入社したんですが、すぐに辞めてしまいました。学生気分が抜けきらずに、働くのが嫌で嫌でしょうがなくなり、半年くらいで辞めた。

―会社に合わなかったんですか。

いえ、ジャスコの社員の方は仕事に熱心な方が多くて、会社自体も一生懸命に商売をしている会社だったですね。ただ僕が仕事に対する意欲が持てなかったんです。たとえジャスコで店長になったとしても本当の実力が身に付くかどうか疑問だった。そういう状態だったんで、辞めることにしました。

―ジャスコを辞めて、すぐに実家に戻ったんですか。

いや、実家には戻らずに、半年くらい東京でブラブラしていました。大学時代の友人の家に転がり込んで、一緒に生活をしてました。でも友人は就職している。だから毎朝その友人は会社に出社。でも、自分だけブラブラする生活。本当に憂鬱になりましたね。それで、こんな生活をしているんだったら実家に戻った方がましだと思って、実家のある山口県宇部市に帰りました。

実家に戻ってからは、親父がやっていた紳士服専門店を手伝いました。でも手伝いながら、愕然としたんです。ジャスコで働いた時と全然違う。仕事の効率も悪いし、従業員も真面目に働いていない。この違いは何なんだって。

それで、ああでもない、こうでもないって店員に言いまくったんです。そしたら、一人を残して七人いた店員がみんな辞めちゃった。その当時は現場の人の気持ちなんて考えていなかった。若気の至りですね。

それで店員がいなくなったんで、自分で全てをやらなくちゃいけない。仕入れ、販売、経理、人事を全部自分でしました。親父も会社の実印を僕に渡して、「好きにやれ」って言う。僕はまだ20代の若造でしたが、一気に責任を負うことになったんです。でもそれが結果として非常に良かった。全部自分でしないといけないから、商売人としてすごく勉強になった。それに、やってみたら、商売って結構面白いんだな、と気が付いた。毎日、成績表をもらっているようなものでしょう。やったことが全部、自分に返ってくる。そこで初めて、自分で商売をやっていこうと決心したんです。

―その当時はどれくらい働いていたんですか。

朝8時くらいから夜9時くらいまで働いていました。家に帰ってからも仕事をしていたんで、ご飯を食べているとき以外は全部仕事でしたよ。地方で商売をしていると、なかなかいい人材が入ってこないんです。だから自分一人で全部の仕事を回さなくちゃいけない。そのために仕事の一つ一つを自分で全部覚えていきました。

―その当時、将来の夢は何か持っていましたか。

いや、夢を持つ余裕なんてなかったですよ。もう生きていくのに精一杯。いかに親父から引き継いだ会社を潰さないようにするか。月末の支払いとか一日の売り上げなどが気になって、将来の夢どころじゃなかったですね。ユニクロもせいぜい30店舗が限度だと思っていました。どんなに頑張っても、売上げ30億が自分のできる精一杯だろうって。

―いつくらいから全国展開を目指し始めたんですか。

会社の売上げが2、30億円を超えはじめた頃です。このまま個人経営でやっていても、うまくいかないんじゃないかって考え始めた。事業として継続していくには、経営者にならなくちゃいけないんじゃないかって。

それで、これからは経営者として生きていこうと決めました。経営者は商店主とは全然違います。経営者は客観的に自分の会社を判断して、主体的な行動ができる人のことです。会社の収益や社員の自己実現を、どのようにして達成させるか。また原理原則を大事にして、どんな人でも納得できることを淡々と実行する。それが経営者だと思います。経営なんて、何にも劇的なこともないし、派手さもない、非常に単調でつまらないものです。