
現場と経営陣が一体になり、他社が戦えない市場を創れ
―瀬戸さんは「クール宅急便」の開発リーダーでしたね。開発のきっかけを教えてください。
親御さんが「故郷の海で釣った魚を食べさせたい」と、宅急便を使って遠く離れた子どもに氷づけにした鮮魚を送ることなどがよくありました。翌日配送の宅急便なら、真夏でも発泡スチロールの箱に入れることで、氷温状態を保ったまま魚を送れるので重宝されていたんですね。しかし、荷物を受け取るエンドユーザーが不在だった場合、再配送はその翌日になることもありました。一晩たつと詰め込んだ氷は溶け、傷んでしまう。当然、お客さまからはクレームが入ります。
―配送しても不在だったというのでは、仕方ないですよね。
「キチンと届けたのに、留守にしていたほうが悪い」とか「われわれの仕事は配送すること。温度管理ではない」と、運送業の論理を振りかざすのは簡単です。しかし、真摯にクレームを聞けば、お客さまは「真夏でも確実においしい状態で魚を送りたいのに、それができない」「困った」と考えていることがわかります。だったら、温度管理ができる物流システム、「クール宅急便」をつくればいいじゃないか。そう号令したのは小倉さんでした。
―開始までの経緯を教えてください。
最初は1987年、宅急便に「温度帯別」の配送サービスを付加。約1年の期間をかけて1988年に全国展開をスタートさせました。どれだけニーズがあるのかわかりませんでしたが、いざ開始してみると、お客さまからたくさんの支持を集めることに成功したんです。クール宅急便が普及する以前は、新鮮なお刺身や魚料理は一部の高級店のメニューでしたが、各地の生鮮品が低コストでデリバリーできるようになりました。このとき、孫子の「戦わずして勝つ」とはこのことだ、と学びましたね。
―どんなことを学んだのですか。
「クール宅急便」をつくるためには、専用トラックを開発したり、全国の営業所に冷凍室を設置するなど、多額の初期投資が必要。時間もかかります。逆にそれがネックとなって、競合他社はなかなか追随できず、長い間、当社が市場を独占しました。他社が戦えない市場を創れば、これはもう独壇場。価格競争に巻き込まれることはありませんし、絶対に勝つわけです。これが「戦わずして勝つ」ということです。
そのためには、すぐにはマネされない独自の商品、サービスを開発する必要があります。それを支えているのが、エンドユーザー志向を徹底し、クレーム情報を組織的に収集、現場と経営陣が一体になって新しい商品やサービスへと昇華させる仕組みなんです。
―最後に、経営者にメッセージをお願いします。
クレームは、新しいビジネスのヒントです。決して逃げてはいけません。世のため、人のために仕事をしている限り、絶対に利益は後からついてきます。当社はこれからも困りごとを解決するイノベーションに取り組み、お客さまの利益になる商品、サービスを提供し続けていくつもりです。
プロフィール
瀬戸 薫(せと かおる)
1947年、神奈川県生まれ。1970年に中央大学法学部を卒業後、大和運輸株式会社(現:ヤマトホールディングス株式会社)に入社。宅急便開発プロジェクトチーム、「クール宅急便」開発担当、中国支社長などを経て、1999年に取締役に就任。常務執行役員を経て、2005年に純粋持株会社移行後のヤマト運輸株式会社(現:ヤマトホールディングス株式会社)の代表取締役会長に就任。2006年にヤマトホールディングス株式会社の代表取締役社長兼社長執行役員に就任。2011年から現職。
企業情報
設立 | 1919年11月 |
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資本金 | 1,272億34百万円 |
URL | http://www.yamato-hd.co.jp/ |